略歴

おひさまパン工房について

OUR STORY

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おひさまパン工房のノムさんです。

 

この仕事を始めたきっかけは、地域にどっぷり浸かって役に立てることを探していたとき、宮島でそれが見つかったこと。

1年くらい宮島中を歩き回って、時には公民館のクラブ活動に参加し、時には地元の方と一緒にごはんを食べる中で、お年寄りが多く、買い物や食事の世話が大変でパン屋があったらいいという話を何度となく聞かされ、パン屋を開くことを決意。

​お店の場所は、紹介してもらった老舗もみじ饅頭屋の社長さんが貸してくれました。

石窯の石は地元の建設会社の社長さんが手当てしてくれたり、薪は杓子屋さんが端材を譲ってくれたり、たくさんの人にサポートしてもらって段々と形になっていきました。

お店の名前は、僕を育ててくれた師匠が「世界で一番おいしいパン工房」と考えてくれました。

「自分の子供や親が作ってくれたものは形が悪くてもおいしく感じるんだから、お客様に対してそういう気持ちでパン作りをしような」という強いメッセージが込められていました。

ただ、素人が始めるのに「世界一」はさすがにおこがましかったので、その世界観が表現された有名な絵本「おひさまパン」の題名と組み合わせることにしました。

著者のエリサさんに名前を使わせてほしいとお願いすると二つ返事でOKをくれました(店内の絵本にそのときのメールのコピーを貼っています)。

しかしながらパンを焼いた経験がなかったので、パン学校の短期コースで勉強。

すぐに美味しいパンが焼けるようになるはずもなく、オープンした頃は失敗の連続でしたし、お客さんもそんなに来てもらえなくて苦労しました。

それでも、よそ者の僕に近所の皆さんが親切にしてくれたおかげで、口コミでお客さんの輪が広がり店の経営が軌道に乗るようになりました。

しかし世界的な観光地で忙しくなりすぎて体調を崩して休業することが増え、情けない話ですが、わずか6年で閉店を余儀なくされました。

宮島を離れ、縁あって今の場所で再スタートを切ったものの、場所も規模も客層も業態も全部変わり、宮島の時以上に失敗が続きました。

夢に共感してくれて集まってくれたスタッフには全員辞めてもらわざるを得なくなり、借金だけがどんどん膨らんでいきました。

3年くらい経ってお金が底を着き廃業を覚悟するようになった時、薪窯を中心として品揃えを考えるようになったら事態がようやく好転し始めました。

これまでの経験を踏まえて今は、薪窯の良さをもっと知ってもらえるよう、スコーンやケーキを焼くのも頑張っています。

人生で今が一番若い。

どんどん挑戦していきます!​

 

〒738-0024 広島県廿日市市新宮2-14-14

0829-32-6055

​営業日 木曜〜日曜 11:23〜17:00(不定休あり)